講義

08 戦後のサラリーマンという生き方の背後にあったもの

戦後のサラリーマンという生き方の背後にあったもの

サラリーマンという生き方の背後にあったものは、会社が身代わりとなって様々なリスクから労働者を守る代わりに、労働者は会社に忠誠を誓う、という不文律です。

サラリーマンと自営業者の比率が逆転したのは戦後になってからで、1959年ごろからです。

高度成長期などを背景に、子どもは学校に通って良い成績をとり、優良企業に就職してそこで企業戦士となって猛烈に働いて、郊外にマイホームを建てる、という1つのモデルが出来上がりました。

そんな労働者のために、行政の側としても厚生年金や傷病手当といった社会保障を設けて心置きなく働ける状態を用意した、ということもあるかと思います。

会社としても、忠誠を誓ってくれる優良な労働者を集めることができるシステムは歓迎すべきものです。

日本の場合、学生の新卒一括採用が標準になっているのも、トレーニング期間を同じにすることによって社員教育のコストを削減する目的があるからです。

最初の10年ほど(つまり就職してから年齢が若い間)は会社員は貧乏なままですが、そこから何年もかけて次第に苦労した分を給与的にも挽回していく、というのが日本の労働者の姿です。

企業年金も途中で退職させないための人質という側面がありました。

つまり、サラリーマンという生き方は、大事なものをみんなでそれぞれ先に差し出して、そこから企業組織が能力や年次に合わせて給与として分配するような仕組みの中で自分の居場所を組織で確立していく、というものだったと言えます。

過労死の問題

たとえば、過労死の問題があります。

お金を稼ぎにきている場所で死ぬまで働く、というのは本末転倒な状態です。

命あってこそのお金なのに、どうして死ぬまで働いてしまうのか?

これは、日本人特有の考え方が背後にあるのかもしれません。

予算も人員もつけないで「◯◯をやれ」という上からの指示に対して一生懸命頑張りすぎてしまったり、会社という場所意外に生きがいを見出すことができなくなっていたり、あるいは倫理的に正しいことがどういうことなのかが判別できないくらいに混濁していたり…そうした状況で必死になってやりすぎてしまうことが、どうやら日本人にはある、としか説明がつきません。

これは責任感というべきなのか、連帯感とでもいうべきなのか、仕事以外にすることがないからなのか…

おそらく、その当事者にとっては、仕事をこなすこと以外に何も目に入らない状態になっています。

反論への答え

私がこれまで書いたことは、見方によってはかなり乱暴な内容だと思われるかもしれません。

ですが、死ぬまで働くということから一歩身を引いてみてみれば、これほどまでに自分自身を追い込む必要があるのか?とも思えるはずです。

しかも、会社にいるそれぞれの従業員1人1人はとても良い人だったとしても、会社の決定は時に異常なまでに冷酷だったりします。

誰にも打ち明けることができない無理難題を抱え、必死に働いて、そして命を失う、ということが起きていいはずがありません。

まとめ

会社が身代わりとなって様々なリスクから労働者を守る代わりに、労働者は会社に忠誠を誓う、という不文律は、次第に機能しなくなってきています。

いまは個人の能力1つで如何様にも生きていくことができます。

理不尽に耐えるだけが人生ではありません。

それに、サラリーマンでいなければいけない、と誰が決めましたか?

そこに望みがないと思えるなら、しがみついている必要はありません。

退職したとしても、その会社と縁がなかったと思えば気が休まります。

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